【北九州・小倉北区】「見えないところこそ手を抜かない」祖父の想いを受け継ぐ建築板金・株式会社 LEALE

大神隆之さん

大神隆之さん

建物って、完成すると見えなくなる部分がたくさんあります。
でも、僕はその見えない部分こそ一番大事だと思っています。
必要のない工事は「まだ大丈夫ですよ」と正直にお伝えしますし、やるからには長く安心していただける仕事をしたい。
その積み重ねが、お客様からの信頼につながると信じています。
困った時に「まず大神に相談してみよう」と思っていただけたら嬉しいです。
目次

株式会社 LEALE

インタビューはここから

編集長・上村圭

編集長・上村圭

こんにちは。
今日は色々お話を聞かせてください。

大神隆之さん

大神隆之さん

よろこんでー!!

編集長・上村圭

編集長・上村圭

ありがとうございます(笑)。
まずは、大神さんはどんなお仕事をされているんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

主に建築板金業と金物工事業をしています。
建物の屋根や外壁の工事、雨漏りの調査、それから鉄骨階段などの補修や新規製作・取付をしています。
あとは「こんな金属製のものがあったらいいな!」というご要望を形にする仕事もしています。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

幅広いですね。
「建築板金」と聞いても、実際にどんな仕事なのかイメージできない方も多いと思うので、とても分かりやすいです。
その仕事をしていて、一番やりがいを感じるのはどんな時ですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

やっぱり建物がよみがえる時ですかね~??
傷んでいた建物がキレイになって、お客様に喜んでいただける瞬間は、この仕事をやっていて本当に良かったなと思います。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

確かに、目に見えて変わる仕事ですもんね。
施工で特に大切にしていることはありますか?

大神隆之さん

大神隆之さん

表面をキレイにすることは当然です。
でも、僕は見えない所こそ時間をかけてでも長持ちする仕上がりにすることにこだわっています。
今は「安ければいい」という時代になっていますけど、ふたを開けてみたら、いわゆる手抜きだったり……付けないといけないものが付いていなかったりすることもあるんですよね。
「見えない所だから良いや。
」ではないと思うんです。
別の同業者さんが10年しか持たせることができないものでも、僕が施工したら20年持つよ、という仕事をしたいと思って施工しています。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

それはすごいですね。

大神隆之さん

大神隆之さん

でもだからといって施工費が倍になるわけではないですからね(笑)。
適正な価格で、できるだけ長く安心して使っていただける施工を心掛けています。
お客様には「安物買いの銭失い」のような状況になってほしくないという想いがあります。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

その「見えないところにこそこだわる」という考え方が、すごく大神さんらしいですね。
そういう仕事への姿勢は、どなたかの影響があるんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

ズバリ祖父です。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

そうなんですね。

大神隆之さん

大神隆之さん

はい。
私の家系は、曾祖父から4代にわたって板金業を営んできました。
祖父と一緒に仕事をした経験はないのですが、私、苗字も職業も珍しいので、「もしかして○○さんのお孫さん?」みたいな感じで聞かれることがあるんです。
優しかった祖父の印象と、周りの方から聞く祖父の印象が全く一緒なんですよね。
「ああ、この人は裏表が全くない人だったんだな」と感じます。
家業自体は父の代でなくなってしまったのですが、祖父への想いや尊敬、それから昔祖父と仕事をしていた方々から聞く人柄や仕事の評価は、今でも私の中ですごく大きな存在です。
だから私自身が「板金の仕事をしたい」というよりも、「祖父のような人間になりたい」という思いの方が強いかもしれません。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

すごくいいお話しですね。
技術だけではなく、人としてどうありたいかを大切にされていることが伝わってきます。
ちなみに、お客様からはどんなご相談が多いんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

同業他社の方が何度修理をしても改善しなかったご相談をいただくこともあります。
うちは金物工事もしていますので、鉄骨下地の補修から仕上げまで一貫して施工できます。
別々に依頼するより費用を抑えやすく、工期も短縮できるケースがあります。
なおかつ、今しなくてよい工事は、キチンと「まだしなくて良いですよ」と正直にお伝えします。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

必要のない工事まで勧めないというのは、お客様にとってすごく安心できますね。

大神隆之さん

大神隆之さん

弊社の名前「LEALE」は、正直・公平という意味があります。
その名前に恥じないような経営をしていきたいと思っています。

このお仕事を始めたきっかけ

編集長・上村圭

編集長・上村圭

大神さんが建築板金の道に進まれたきっかけを教えてください。

大神隆之さん

大神隆之さん

そこは父の影響が大きいかもしれませんね。
実は小学校5年生くらいの頃から、夏休みになると父の後ろについて現場へ行ったり、工場で加工の手伝いをしたりしていました。
当時は「仕事を覚えよう」というよりも、「手伝うのが当たり前」という感覚でしたね。
高校生になってからも、土曜日はお昼で学校が終わると、そのまま作業着に着替えて現場へ向かうような生活を送っていました。
そうやって子どもの頃から建築板金という仕事をずっと身近で見て育ったので、この仕事自体は自然と体に染みついていたんだと思います。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

小さい頃から本当に身近な存在だったんですね。
では、高校卒業後はそのまま板金のお仕事に進まれたんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

いえ、実は高校卒業後はすぐに板金の道へ進んだわけではありません。
社会に出てからは空調工事をはじめ、トラック運転手や内装工事、ホテルマン、水商売など、本当にいろいろな仕事を経験しました。
その中でも忘れられないのが、2004年頃に福岡・親不孝通りのお店で働いていた時期ですね。
実はその頃、一時ホームレスになってしまったことがあるんです(笑)。
今だから笑って話せますけど、当時は本当にどん底でした。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

そんな時期があったんですね……。
そこから、どのように今のお仕事へ戻られたんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

その後、「もう一度ちゃんと社会復帰しよう」と決めて北九州市へ戻りました。
そして、まずは手っ取り早く生活を立て直すために選んだのが、子どもの頃から慣れ親しんでいた建築板金の仕事でした。
父の会社で働き始めましたが、当時はそれだけでは生活が厳しく、昼は板金の仕事、夜はアルバイトという毎日を続けていました。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

生活を立て直すために、本当に必死だった時期だったんですね。

大神隆之さん

大神隆之さん

そうですね。
転機になったのは2011年です。
現場で父と大喧嘩をしてしまい、そのまま父の会社を辞めることになりました。
そして、その後まもなく父の会社は倒産してしまったんです。
それからは兄が総合建設業のような仕事をしていたので、その手伝いをしながら生活していました。

編集長・上村圭

編集長・上村圭

かなり大きな転機だったんですね。
そこから独立しようと思われたのには、何か特別な想いがあったんですか?

大神隆之さん

大神隆之さん

私の中に、ずっと引っかかっていたものがありました。
父の会社として終わった建築板金業は、もともとは祖父が立ち上げた会社だったんです。
私は祖父のことを本当に尊敬していましたし、「このままで終わらせたくない」という気持ちがずっと心の中にありました。
そこで自分の中で一つ約束を作ったんです。
「一級板金技能士の試験に一発で合格できたら、自分は一人前だと認めて独立しよう」と。
結果は、一発合格でした。
その時、「よし、やるなら今だ」と覚悟を決め、2016年に個人事業として大神板金を設立しました。
そして経験を積み重ねながら事業を育て、2023年には株式会社LEALEを設立。
現在は板金工事・金物工事を中心に、多くの現場に携わらせていただいています。

今後の目標

編集長・上村圭

編集長・上村圭

大神さんの、これからの目標を教えてください。

大神隆之さん

大神隆之さん

板金・金物工事は協力業者さんと力を合わせながら続けていきたいと思っています。
それとは別に、金属製の家具や金属看板、小物などのオーダー製作も展開していきたいですね。
北九州は八幡製鉄所がある「鉄の町」です。
その町だからこそ作れるものを発信して、「鉄の町から全国へ」というようなブランディングができたら面白いなと思っています。

最後に

編集長・上村圭

編集長・上村圭

では、これを読んでくれた方に何か一言お願いします。

大神隆之さん

大神隆之さん

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
板金や金物工事って、普段の生活ではなかなか身近に感じない仕事かもしれません。
でも、屋根や外壁、雨漏り、鉄骨の補修など、「これって誰に相談したらいいんだろう?」というお困りごとは意外と多いんですよね。
私は、必要のない工事を無理におすすめすることはありません。
まだ大丈夫なものは「まだ大丈夫ですよ」と正直にお伝えしますし、お客様にとって一番良い方法を一緒に考えたいと思っています。
「こんなこと相談していいのかな?」という小さなことでも大歓迎です。
困った時に気軽に相談できる存在になれたら嬉しいですね。
ご縁がありましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。

大神隆之さんのプロフィール

名前: 大神隆之

誕生日: 1981年1月21日

出身: 北九州市八幡東区

出身学校: 九州工業高等学校

家族構成: 現在バリバリの一人

好きな食べ物: 魚系ほとんど

趣味: 季節ごとの花の写真を撮る事

夢&目標: 場を作る(私の理想とする)

得意なこと: 場に馴染むこと(新しいコミュニティ等に参加しても昔から居る人のような顔が出来る笑)

尊敬する人: 大神平八郎(祖父)

1981年誕生。体が弱く、しばらく病院通いの乳児期を過ごしたそうです。そのことがトラウマになり、大きな建物を見ただけで泣き出す子どもだったらしい。
1987年小学生時代。茶道&マーチングバンドに一生懸命取り組んだ小学校生活を送りました。
1993年中学生時代。吹奏楽部で2年少し活動。途中で廃部になったため、以降は帰宅部。その頃から体が小さかったため、いじめを受けるようになりました。
1996年高校生時代。九州工業高校に裏口入学(笑)。自分でもびっくりな事実でした。高校の3年間はひたすらバイトばかりの生活でした。その傍ら、バンド活動や中型二輪免許を取得し、いろいろな経験をしました。いじめ被害は高校を卒業するまで続いていました。
1999年就職。いじめの影響もあり、北九州市以外で就職先を探し、福岡市の空調工事会社に就職。そこで就職デビューをぶちかましました。
1999~2004年空調工事、布団の押し売り、トラック運転手、内装工事業、ホテルマン、水商売と、いろいろな業種を経験。2004年、水商売の時にホームレスになり、その時に知り合った人との結婚を機に、2005年に北九州市へ戻ってきました。
2005年父の会社で建築板金業をスタート。途中2年ほど別の仕事をしていたものの、それ以外は夜にアルバイトをしながら板金業を続けてきました。
2006年西日本格闘空手選手権軽量級優勝。元いじめられっ子が格闘技選手名鑑に載るという偉業を成す(笑)。
2011年離婚。その頃、父と現場で大喧嘩し、父の会社を辞める。その後すぐに父の会社は倒産。そこからは、兄がしていた総合建設業のような仕事を手伝う生活になりました。
2016年父が潰した建築板金業は、もともと祖父が興した会社。ずっと自分の中に祖父への想いがあったため、一級板金技能士の試験に一発で合格できたら、自分の中で一人前と区切りをつけて独立しようと決意。無事に合格し、個人事業主として大神板金を設立。
2023年現在の株式会社 LEALEを設立。板金・金物工事業として現在に至る。

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