『笑いをお届けする介護福祉士』目留変亭えくぼさん
えくぼさんは介護福祉士でもあり、落語家でもあります。
落語以外にも色々な芸を習得されています。
額で鍵盤ハーモニカを弾いた時は本当にびっくりしました。
お仕事の依頼やご相談などは、LINEから受け付けているそうです。
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インタビューはここから
こんにちは。色々お話を聞かせてください。
はい。
宜しくお願いします。
えくぼさんはどんなお仕事をされているのですか?
笑いをお届けする介護福祉士「目留変亭えくぼ」として高齢者施設をはじめ、カフェやお寺、市民センターなどで落語や紙芝居、三味線漫談などで「笑い」を広める仕事や北九州市立年長者研修大学校などで時々セミナー講師をしてます。
落語😳
落語してる人に初めて会いました。
私はデイサービスセンターや特別養護老人ホームなど様々な高齢者施設で約20年に渡り勤務して参りました。
なるほど。
介護現場は慢性の人手不足。足らない人数で残業したりして行事の準備をする大変な思いをして来ました。ですので、私が職員の方々のご要望や心情に寄り添って総合的に提案する事でその大変さが少しでも軽減出来、喜んでいただいています。
介護現場を経験されているので、心強いですよね。
たまに失敗して失笑を買う事も有りますが(笑)
失笑w
えくぼさんは、なぜ落語や三味線漫談、紙芝居などをされるようになったのですか?
私の勤めた最初の現場はデイサービスセンターでした。そこでレクリエーションの担当になった時、企画を立てても先輩からダメ出しをくらい続け、ようやく実施しても楽しんで頂けなかったりして『どうすれば楽しんでもらえるだろう❓しかも人手やお金をなるべくかけずに•••』と悩みました。
ダメ出しはきついですよね。
その後自分の勤務先のみならずお声をかけて頂き、様々な現場を伺わせて頂いた中でお年寄りにあまり笑顔が見られない事を痛感していました。
なるほど。それで今のお仕事をされるようになったんですね。
コロナの時は大変でしたが、ぼちぼちとご依頼を頂いてます。
大変でしょう?
基本、私一人で対応してますので、設営から本番、そして撤去まで限られた時間以内に納めなければいけない事、まあなんの仕事もそうですが。
そうですね。
それと、介護現場は「生活の場」なので、何が起こるか分かりません。
ですので、用意していても急遽ネタを変えたり、状況に合わせて時間を長くしたり短くしたりしなければならない事も有りますので、臨機応変に対応しなければならない柔軟性が求められるところですね〜。
えくぼさんが介護のお仕事を始めたきっかけとかは、あるんですか?
私の母方の祖母が認知症になった事をきっかけに、飲食業から介護の世界に飛び込みました。
え?
飲食業をされていたんですね。
何屋さんとか、聞いてもいいですか?
お好み焼き屋です。
広島出身なのでいつかはやりたいなって思ってました。結果は大赤字でしたが
(笑)
お好み焼き屋😳
その後母方の祖母が認知症になり老人ホームへ入所し、面会に行った時、祖母や他の方を見て『高齢者の方の衣食住ってどんなんだろう❓』と思った事がこの仕事を始めたキッカケです。
その後約20年、介護の仕事をしていました。
世間で言われてる以上に現場は大変な事が多く、加えてコロナの時は本当に大変でした。
えくぼさんの今後の目標とか、ありますか?
やりたい事は3つあります。
ひとつ目は、
介護支援専門員として特に在宅介護で苦労や大変な思いをされてる男性介護者の方を支援して行きたいです。
自分も高齢の両親と同居してて、父が認知症。
男性で知識や経験が無いと大変な思いをされてる方が多いので。
なるほど。いいですね。
ふたつ目は「ワークサポートケアマネジャー」になる事です。
初めて聞きました。
「ワークサポートケアマネジャー」ってなんですか?
少子高齢化が進み働く人がどんどん少なくなる中、介護を理由に仕事を辞めざるを得ない、いわゆる「介護離職」が問題となっていますよね。
ですね。
社員としては親の介護はプライベートの問題で職場には相談がしづらく、企業としても介護離職対策の必要性を感じていても、具体的に何をすればよいか分からない場合が多いんです。
ワークサポートケアマネジャーは、家族等の介護を抱えている社員さんが仕事と介護を両立できるように、介護をしながら働けるようサポートする専門職なんです。
めっちゃ頼もしいです。
介護で働けなくなると収入も無くなりますし、親の介護をする年齢って働き盛りで企業でも要職を担ってる事が多く、この人手不足の中、会社側もそうした人に辞められてはこの人手不足の中、困りますもんね。
そうした方々をサポートして行きたいと思っています。
みっつ目は「人生小説」プロデューサーです。
何ですかそれ?😳
認知症の方やお看取りをして亡くなった方の手をそっと握り「お疲れ様でした」と。そんな時、『この方はどんな人生を送って来られたのだろう❓』と気になる事がありました。
でも認知症の方に生きて来られた事を問うてもチグハグな返事。それはそれで面白い事も有りますが、目の前の方の人生がとても気になりました。
確かに。
「人生小説」とは、その方の人生の聞き取りをして、その方の人生を小説にする事です。
介護現場でお看取りをしてた時、『この方の人生ってなんだったのだろう❓
どんな人生だったのだろう❓と。またそこにはご家族様も知らない人生模様が有ったのではないかと。
確かに興味深いです。
その人の人生が主人公の「人生小説」を創ってみたい。そこには歴史の表舞台には現れない市井の方々の深い歴史が有る。
その方にとってエールになり、また、遺された方々の心の薬箱になる様な物を創りたいと思っています。
素晴らしいと思います。
いま、先ずは自分の人生をサンプルに「人生小説」を創っています。
あっ、もう一つ、今、ハマってるものが有るんですよ。
何でしょう?
易学です。
易学?運勢とかを鑑定するやつですよね。
ハマった理由を聞いてもいいですか?
人間の悩みはお金や人間関係がほとんどですよね。
その人間関係を整える手助けになるのが嬉しくてハマってるのです。
なるほど。
では最後に、これを読んでくれた方に何か一言お願いします。
「介護する人、される人の笑顔の架け橋になる」が私のミッションです。どちらも大変ですが、その日常にスクリと笑って頂けるひとときを感じて頂ければと思っています。
最後までお読み頂き誠に有難う御座います。
感謝を込めて。
目留変亭えくぼ
名前:笑いをお届けする介護福祉士 目留変亭えくぼ
(本名 瀬尾寿巳雄)
誕生日:1965年3月13日
出身:広島県
出身学校:九州国際大学
家族構成:両親と同居
好きな食べ物:お好み焼き
(広島風)
介護の仕事をする前はお好み焼き屋をしていたので。
趣味:落語や三味線漫談の
上演。
紙芝居の上演。
(今後、手作り紙芝居
作成し、定期公演を
行います👍)
得意なこと:
特技はオデコで鍵盤ハーモニカを弾く「デコ弾き鍵盤ハーモニカ」。
三味線漫談
(今はプロでも5人程度の絶滅危惧種的芸能です)
その他、介護の仕事をする前は料理人だったので、料理を作る事。たまに出張料理人なんかもしています。
尊敬する人:
中村文昭さん
1965年 | 山口は宇部の産婦人科医にて産まれ、広島へ移住。 |
1984年 | 大学進学 |
1988年 | 卒業 公務員になるべく就職浪人するも試験にスベリまくり、彼女にも振られてその上、人生初の大手術を受けるハメに。 |
1989年 | 就職 |
1995年 | 辞職し、お好み焼き屋を創業。 |
1999年 | 大借金だけ残り潰れる😅 疲れ果て、南の島を放浪する旅へ。 |
2001年 | 母方の祖母が、認知症になったことをきっかけに介護の道を目指し勉強を始める。 介護福祉士免許取得。 |
2005年 | 施設で、お年寄りに笑顔が少ない事を痛感し「笑いをお届けする介護福祉士 目留変亭えくぼ」として活動を開始する。 |
2015年 | 介護支援専門員資格取得。 介護支援専門員資格取得するも、デスクワークより現場の方が好きなので、現場で働く。 |
2023年 | コロナパンデミックで医療、介護の在り方、勤務先のやり方に疑問や怒り、諦めなどが込み上げて来て2023年10月末をもって退職。 今後は介護支援専門員、終活アドバイザーとして在宅介護の支援(特に男性介護者の支援)や「人生小説プロデューサー」として活動して行く予定です。 |
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